バックナンバー

第23号(2015年)

課題研究/モナドロジー300年

稲岡大志
モナドロジー前史――中期ライプニッツ哲学における点とモナドをめぐって
池田真治
連続体におけるモナドの位置の問題――後期ライプニッツにおける数学と形而上学の関係
平井靖史
永遠と持続の非推移的同時性――ライプニッツ連続創造説における時間構造について

論文

秋富克哉
ハイデッガーとギリシア悲劇――ソポクレス解釈をめぐって
米虫正巳
出来事と存在――ドゥルーズとハイデガー
天野恵美理
『物質と記憶』における身体の問題――ヴァリアントとの比較を通じて
宇佐美達朗
シモンドン哲学におけるたましいと自由
久保田浩平
リベラルな中立性と国民建設――W・キムリッカの国民建設論を中心に
酒詰悠太
形式的告示との関連におけるハイデガー哲学の歴史理解について
白川晋太郎
ブランダムにおける客観性
豊川祥隆
ヒュームにおける「実定性」の問題――黒の認識をめぐって
南木喜代恵
カントにおける理性信仰の意義
藤野幸彦
スピノザ『エチカ』における様態概念の定位――偶有性概念への反駁として
渡辺洋平
卵としての世界と非有機的な生命――ドゥルーズにおける強度の概念から

関西哲学会研究奨励賞第二回受賞者の報告


第22号(2014年)

課題研究/グローバリズムと正義

飯島昇蔵
グローバリゼーションは哲学の「普遍化」に寄与しうるか?――レオ・シュトラウスを導きにして
寺田俊郎
グローバルな正義の基礎としてのコスモポリタニズムに
松葉祥一
グローバルな正義は可能か

論文

中澤 務
プロタゴラスの相対主義再考
中山康雄
主体と時間と情報更新
井西弘樹
ニーチェ『人間的、あまりに人間的』における正義論
川本 愛
ストア派における「全人類の協同関係」という概念の形成 ――知者の国家から全人類の協同関係へ?
久保田浩平
「真正さ」抜きの多文化主義 ――チャールズ・テイラー「承認の政治」をめぐって
坂井礼文
コジェーヴの「無神論的」あるいは人間学的存在論 ――「三位一体論」の観点から
信田尚久
カントの『自然科学の形而上学的原理』における「不可入性」をめぐるニュートン批判 ――カントによる「絶対的な不可入性」の批判的考察の意義
竹中利彦
マルブランシュにおける人間の自由と一般的法則に支配された世界との関係について
西村洋平
プロティノスの性質概念をめぐって
福田宗太郎
プラトン『パイドン』における自然学者の探求方法に対する批判
松根伸治
十三世紀末の主知主義論争 ――フォンテーヌのゴドフロワの立場

関西哲学会研究奨励賞の制定と第一回受賞者の報告


第21号(2013年)

課題研究/科学技術文明と哲学知

瀬口昌久
自然と技術――そのプラトン的転回
宮原 勇
原子力時代の哲学知――ハイデガーを手がかりに
望月太郎
「3・11」あるいは「フクシマ」後の世界を生きる――悲観主義と楽観主義のあいだで

論文

上枝美典
現実性としてのエッセ再考
山脇雅夫
ヘーゲルにおける知と超越――ドイツ観念論の新しい地図のために 
伊藤 均
生命と論理 ――ゲシュタルトクライスとフッサール生活世界論
鵜殿 慧
ヒュームの信頼性主義
太田和則
憧れと欠如 ――『パイドン』の想起説
沢﨑壮宏
ガッサンディの「現象主義」、あるいは、知覚の相対性の克服
島田喜行
現象学的還元と解放の道
中川萌子
「転回」における存在の拒否という契機――ハイデガーによる形而上学的思惟超克の試み
永守伸年
カント「美感的判断力の批判」における合目的性概念の所在
松岡健一郎
ヘーゲル哲学の体系における「論理的なもの」
八幡さくら
シェリング芸術哲学における構想力――カントとの差異
渡辺華月
個としての不死なるもの――プロティノスを通しての考察

第20号(2012年)

課題研究/ヒューム(生誕三百年)

石川 徹
ヒューム自己吟味の意味するもの
伊勢俊彦
ヒュームの「自然」と哲学のあり方
檜垣立哉
ドゥルーズにおけるヒューム〈増補版〉

論文

上野 修
スピノザ『エチカ』の〈定義〉
嶺 秀樹
西田哲学とヘーゲル弁証法
浅野幸治
P・シンガーの「援助する義務」論
――距離はどのように道徳的に重要か
枝村祥平
初期ライプニッツの物体の形而上学
――1671年に焦点をあてて
君嶋泰明
不断の逸れに抗して真正な道を歩むこと
――ハイデッガー初期フライブルク講義に見る「形式的告示」が持つ含意
西村正秀
表象の相互情報量理論の擁護
早坂真一
フッサールにおける「事態」概念の存在論的位置づけ
――命題の名示化の議論を通して

第19号(2011年)

課題研究/西田哲学――その論理基盤を問う

井上克人
西田哲学における実在の論理
――〈体・用〉論の視座から
冲永宜司
形而上学の問いと西田場所論
中畑正志
アリストテレスは「場所の論理」に何か関係があるのか?

論文

中 敬夫
Etre Autrement qu'etre?
――シェリング、ハイデッガー、マリオン
三村尚彦
志向的含蓄と体験過程
――フォーカシングという現象学
大西琢朗
証明論的意味論のディレンマ
久木田水生
数学における公理、証明、定理の役割
――検証主義的意味論の観点から
沢崎壮宏
デカルトの知覚論
――「直接実在論」の可能性について
周藤多紀
二種類の嘘
――アウグスティヌスによる「嘘」の定義
副島 猛
メタファーは単一の修辞なのか?
豊田政和
レヴィナス『直観理論』における真理観とその帰結について
中川玲子
普遍知としての知覚に対するヘーゲルの批判
――『精神現象学』「知覚」章を中心として
西村 敦
われわれは「表示について」から何を学びうるか
服部敬弘
前期アンリにおける主観的身体の問題
松岡健一郎
ヘーゲル『大論理学』における「無限性」と「矛盾」との循環
三谷尚澄
「感覚印象」をめぐるセラーズの理解は変化したのか
山川 仁
バークリの非物質論における直接知覚の対象

第18号(2010年)

課題研究/感情

佐藤義之
感情──「外なるもの」という比喩を導きに
久米 暁
道徳感情と対人的態度
――ヒュームの「一般的観点」に関する試論
松田克道
再考:決定論者はなぜ人に感謝できるのか
――対人感情と自由意志

論文

関根小織
形而上学批判の言語技法
藤本 温
アクィナスの規則論
稲岡大志
点と最小者
――ライプニッツの中期幾何学研究について
岡本源太
ジョルダーノ・ブルーノにおける人間と動物
――身体および感情をめぐって
信田尚久
カントの『自然モナド論』におけるニュートン的力学観の所在
――カントによる「力」概念の転換の意義
藤井千佳世
スピノザにおける延長と無限
――デカルト‐ヘンリ・モアの往復書簡との比較において

第17号 (2009年)

課題研究/ヘレニズム哲学

金山 弥平
ヘレニズムと近現代の哲学を動かした波
――「オシツ・オサレツ((pushime-pullyou)」関係の中の個人・社会・宇宙
神崎 繁
「対話」から「規則」へ
――古典期からヘレニズム期への「理性」概念の変容をめぐって

論文

木岡 伸夫
哲学と地理学のあいだ
出口 康夫
電子はいつ実在するようになったのか
阿部 将伸
ハイデガーの芸術作品論――デュナミス・エネルゲイアの観点から
片上 茂樹
エンス (ens) の二区分の意味――存在命題への一考察
竹中 利彦
パスカルにおける精神と機械――計算機「パスカリーヌ」の検討を通じて
次田 憲和
レイズムの論理と背理――フランツ・ブレンターノの後期実在論について
西村 振一郎
デネットと存在論――彼の心の哲学における存在論の位置
福田 喜一郎
神の存在の道徳的証明――カントの「人間に関わる論証」と帰謬法
藤田 大雪
生成消滅の文法――プラトン『パイドン』における原因論について
松岡 健一郎
『精神現象学』における「無限性」
横田 蔵人
ウィリアム・オッカムにおける知識の「対象」について
渡邉 浩一
「コペルニクスの仮説」と『純粋理性批判』の方法

第16号 (2008年)

課題研究/哲学は無用か

野家 啓一
哲学のアイデンティティ・クライシス
川添 信介
哲学無用論に中世的な答えを与えてみると

論文

山田 道夫
「何であるか」の問とエレンコス
加國 尚志
見えないもの、隠れたもの――後期メルロ=ポンティにおけるハイデガー読解をめぐって
石毛 弓
ロックにおける人格の同一性と「人称」の問題
薄井 尚樹
心の理論とモジュール性――ニコルズとスティッチの批判を手がかりに
大木 崇
アリストテレス『自然学』A巻における生成変化の分析について
高木 酉子
プラトン『パルメニデス』篇におけるイデア論のアポリア――見えるものから、見えないものへ
嵩原 英喜
ガダマーにおける「解釈学的対話」と超越の問題
長縄 順
ハイデガーにおけるアプリオリの時間的意味について
中村 拓也
後期フッサール自我論の射程
山口 尚
物理主義と知識――ジャクソンの「白黒のメアリー」を巡って
山倉 裕介
メルロ=ポンティにおける制度化とソシュール言語学

第15号 (2007年)

課題研究/倫理と現実

工藤 和男
倫理を現実にどう位置づけるか
水谷 雅彦
倫理学が直面すべき現実とはなにか
坂下 浩司
倫理の理論と現実の行為――古代哲学の立場から
品川 哲彦
現象学的方法でカント倫理学は発見できるか――工藤和男氏への質問
工藤 和男
特定質問への回答
神野 慧一郎
水谷氏の提案は機能しうるか
水谷 雅彦
特定質問への回答
安部 浩
坂下先生への二つの質問
坂下 浩司
安部先生へのお答え
竹市 明弘
結語

論文

伊藤 邦武
パースの宇宙論・補遺
内山 智子
ベルクソンの知覚理論における物質の潜在的な領域について
酒井 剛
ショーペンハウアーの芸術論における構想力の問題
辻内 宣博
スペキエスによる認知作用 ――ピュリダンにおける感覚認識理論
富積 厚文
スピノザにおける宗教的欲望としてのコナートゥス
成瀬 尚志
ストラウドによるクワインの自然化された認識論批判の検討
西 章
ニーチェの芸術考察における「反時代性」
早瀬 篤
プラトン『ピレポス』における問答法

特集/現代文明

内藤 可夫
現代文明の運命―― 生の無から人間の無へ
浜野 研三
生きた人間の身体への回帰
森 秀樹
「現代文明論」と<文明の存在論>

第14号 (2006年)

課題研究/共同体の崩壊と再生

石崎 嘉彦
より高次の共同性について ―― 社会哲学から政治哲学へ
嶋田 義仁
ヨーロッパに共同体は存在したか ―― 地球人類共同体の哲学のために
中山 康雄
共同体存続の条件

論文

安孫子 信
ベルクソン哲学と科学 ―― ベルクソンとコントを比較してみる
小浜 善信
九鬼哲学における神と世界 ―― 『偶然性の問題』を中心に
池田 真治
ライプニッツ前期哲学における連続性の問題について
江口 健
「純粋自我」の発生論に向けて ―― 『イデーンII』から『ベルナウ草稿』へ
茶谷 直人
アリストテレスの心身論におけるテクネーアナロジーと機能主義
手代木 陽
「非加法的蓋然性」を巡る展開 ―― ヤーコブ・ベルヌーイとランベルト

特集1/神

佐藤 義之
レヴィナスにおける信仰と超越の痕跡
上枝 美典
神・存在・現実 ―― トマス・アクィナスのエッセ解釈の試み
梶谷 真司
神の唯一性と多様性, および宗教的なものの可能性 ―― シュミッツ現象学の視点から

特集2/フランス・スピリチュアリスム

中 敬夫
知との関係における行為と無為 ―― ビラン, ブロンデル, ベルクソン
望月 太郎
スピリチュアリスムと二元論 ―― 獣の魂をめぐる論争にみる精神性の歴史
岩田 文昭
フランス・スピリチュアリスムと神秘主義

第13号 (2005年)

課題研究/人間は特異な存在者か

品川 哲彦
人間はいかなる意味で存続すべきか ―― ヨナス, アーベル, ハーバーマス
杉村 靖彦
人間の「手前」へ ―― 特異性の問いの行方
須藤 訓任
人間において最善なるところ

論文

眞方 忠道
『メノン』における想起の道
松田 毅
なぜライプニッツは時間と空間を「観念的」と考えるのか ―― ライプニッツ・クラーク書簡の認識論的考察
青木 滋之
観念と性質 ―― ロックのボイル批判
飯塚 智
テイラーの「自己解釈」概念 ―― その歴史的背景と意義
長田 蔵人
カントの宇宙論的証明批判
亀井 大輔
デリダにおける「無限」のあり方
佐藤 慶太
実践としての歴史哲学 ―― カント歴史哲学の基礎的構造について
周藤 多紀
ボエティウスにおける思考の語り
多田 光宏
ショーペンハウアー「実在的な矛盾」としての自由
中村 健
知識の定義はなぜ失敗したか ―― 『テアイテトス』第三部を中心に
三原 就平
ロックの哲学における道徳論と理性

特集1/アリストテレス

中畑 正志
自然を読む ―― アリストテレスにおける素材概念の導入
濱岡 剛
ポリス市民の友愛
坂下 浩司
存在の多義性という問題 ―― シールズ説論評 

特集2/ドイツ観念論

美濃部 仁
フィヒテにおける絶対知 ―― 一八〇一/〇二年の『知識学の叙述』の考察
橋本 崇
後期シェリングにおける否定性と現実性の問題
竹島 あゆみ
自由というアポリア ―― ヘーゲル『法の哲学要綱』とリベラリズム

第12号 (2004年)

課題研究/個体と超越

山形 賴洋
内在的個体と個体の超越
酒井 潔
再考 ―― 個体と超越
嶺 秀樹
個体性の実存的次元

論文

内山 勝利
宇宙詩の文体 ―― 初期ギリシア哲学における言語と世界
入江 幸男
相互知識はいかにして可能か
榊原 達哉
レヴィナスにおける「身代わり」の概念について ―― レヴィナスとフッサールの時間論を手掛かりに
佐々木 崇
クワインの実在論
溝口 隆一
ニーチェ晩年の諸著作における「逆転したプラトニズム」の意義
三宅 岳史
ベルクソンにおける二つの多数性とその起源

特集1/カント

福谷 茂
カントにおける神の問題
加藤 泰史
自律とケアの間 ―― 「倫理学的転回」の中のカント哲学
望月 俊孝
批判の道の探求 ―― 自然の技術としての哲学の建築術

特集2/ハイデガー

古東 哲明
抵抗哲学, あるいはハイデガーの弁明
有馬 善一
形式と存在 ―― 初期ハイデガーの思惟における<形式的なもの>の意義について
松本 啓二朗
<物への問い>はいかにして可能か

第11号 (2003年)

論文

小林 道夫
デカルト哲学の三つの次元
川添 信介
トマス・アクィナスと「無知の知」
浅野 貴彦
マックス・シェーラーにおける連帯責任論 ―― 意志のためらいから応答愛へ
大草 輝政
ソクラテス的探求の可能性 ―― メノンのパラドックス再考
柿本 佳美
デカルトとマルブランシュにおける「愛」の概念の可能性
川瀬 雅也
論理と生命 ―― ベルクソンにおける論理の発生のあとづけ
久木田 水生
数学者は自由か? ―― G. カントールの無限論と形而上学
西尾 浩二
プラトン『国家』における「魂の三区分説」
橋本 智津子
「無」の思想の流れ ―― ショーペンハウアーから初期ニーチェへ
藤森 寛
ロールズの理性の概念と正義
鷲原 知宏
ハイデガーにおける自由の問題について

課題研究/伝統文化と近代化

井上 克人
明治期における宋学的伝統と近代化
岡 真理
パレスチナ問題における「伝統」と「近代」
宮原 勇
伝統文化とモダニティー

第10号 (2002年)

論文

山本 幾生
現実性(Wirklichkeit)について ―― ハイデガーとディルタイ
山口 義久
懐疑の哲学的意義
宇多 浩
「統握」概念の考察
門屋 秀一
第三批判における構想力と理性 ―― ホルクハイマーによる解釈を機縁として
亀喜 信
アレントにおける精神と世界
白旗 優
特性配置陳述と個物の問題
戸田 剛文
バークリーの観念説 ―― 観念の主観的側面と客観的側面
沼田 千恵
サルトルにおける歴史的時間と共同的投企の問題
三谷 尚澄
カントと共同体主義 ―― リベラリズムと状況の中にある自由
和田 利博
エピクロスにおける死への恐れの問題

課題研究/魂の世話

氣多 雅子
苦からの脱却
総田 純次
心理臨床における「心のケア」の逆説
朴 一功
ソクラテスの遺産 ―― 魂の世話

第9号 (2001年)

論文

庭田 茂吉
アンリにおける「生の共同体」と他者
冨田 恭彦
バークリの観念説の矛盾
伊藤 信也
イェーナ期ヘーゲルとステュアート ―― 「国民の精神」をてがかりに
酒井 剛
ショーペンハウアーの根源的洞察 ―― 自我の統一原理としての身体
中川 明才
後期フィヒテにおける超越論哲学の原理としての自我
追分 晶子
トマス・リードにおける知覚と信念
西村 正秀
アルノーの知覚論における心と外的世界
渋谷 克美
オッカムにおける様相の区分
村上 正治
行為選択における善悪の信念の形成とエレンコス ―― ソクラテスのアクラシアー批判から
森 秀樹
新カント派の挫折の意義 ―― リッカートとラスクの対決が生み出したもの

課題研究/哲学の教育

安部 浩
哲学教育の将来について
徳永 哲也
基礎リテラシー・総合科目と哲学教員の役割
中岡 成文
いかなる哲学のための, いかなる教育か
中畑 正志
哲学の教育 ―― 過去そして現在

第8号 (2000年)

論文

美濃 正
価値は実在するか? ―― マクダウエル説の批判的検討
宮原 勇
類似性とカテゴリー ―― 認知言語学での「カテゴリー化」(categorization)の理論とその批判的検討
板井 孝一郎
シェリング医学思想における有機体概念 ―― 興奮性概念を主軸とする疾病理論をめぐって
木原 志乃
プネウマの生理学 ―― アリストテレスとギリシア医学の関連から
鞍田 崇
哲学的思惟の表明はいかになされるべきか ―― ハイデガー『哲学への寄与』における言葉の問題
小林 亜津子
有限者のなかの無限者 ―― ヘーゲル「宗教哲学」講義草稿(1821)における神の宇宙論的証明
高井 雅弘
ジャック・デリダの「私的言語論」批判
竹中 利彦
デカルトにおける感覚と幾何学的自然観
茶谷 直人
有機的目的論と「質料としての自然」 ―― アリストテレス『自然学』第二巻における先行自然学者批判
平松 希伊子
デカルト哲学の始まりとしての『音楽提要』
薮内 聰和
ハイデガーにおける本来的相互共存在の可能性

課題研究/哲学と文化

藤田 正勝
哲学と文化
瀬口 昌久
文化における哲学の位置 ―― プラトンの『国家』とその周辺
吉本 浩和
哲学と文化 ―― 哲学とは何かという観点から

第7号 (1999年)

論文

小川 侃
物の現われの地平性と物の輝き ―― 一つの現象学的考察
吉田 謙二
B・ラッセルの科学的推理に関する要請の整序試論
岡田 篤志
レヴィナスの他者論における第三者の境位について
門屋 秀一
第三批判における崇高概念と道徳的目的論 ―― 美学部門と目的論部門の体系的統一のために
元明 淳
感覚の統一 ―― 受動的総合と「共感覚」
沢崎 壮宏
デカルトにおける「普遍数学」と形而上学 ―― マリオン説の批判的検討
柴田 健志
ライプニッツの自由論
関水 克亮
基礎づけか, 整合性か ―― ボンジュールにおける経験的信念の正当化
田村 公江
フロイト及びラカンにおける想起の問題
古田 智子
『パイドロス』の統一性
松井 邦子
カントにおける「永遠平和」としての「政治的最高者」の問題

課題研究/環境としての自然

三浦 要
ギリシア人は環境をどう見ていたか ―― 初期ギリシア思想における自然観の内実と意義
望月 俊孝
カントにおける自然・技術・文化
品川 哲彦
自然・環境・人間 ―― ハンス・ヨナス「責任という原理」について

第6号 (1998年)

論文

齊藤 了文
複雑系の哲学的意味
下嶋 篤
談話状況における情報統合 ―― 一般化理論の可能性について
安部 浩
物との本来的な関わり ―― ハイデガーの思索を手がかりに
奥野 満里子
シジウィックの快楽説再考
久米 暁
個体の同定に関するヒュームの理論
出口 康夫
統計学から見たクワインの科学論
福井 雅美
カントにおける自然と歴史 ―― 自然史の理念について
古田 裕清
ウィトゲンシュタインにおける論理の経験的性格について
桝矢 桂一
カントにおける現象とフェノメナ
三村 尚彦
フッサールの「キネステーゼ」と「受動的構成」の分析について

課題研究/主観 ―― 近代哲学の行方

八幡 英幸
何が観ているのか ―― 人物, 私, そして超越論的主観
中村 雅之
認知科学と経験の関係からの考察
長澤 邦彦
主観の自己知

第5号 (1997年)

論文

杉山 聖一郎
生成のコスモロジーと人間原理 ―― 宇宙と人間の輪, あるいは宇宙における人間の位置について
中川 純男
自己知 ―― 新プラトン主義の論理とその射程
大田 学
デカルト『省察』における「自然」に対する疑い
甲田 純生
カント美学は形式美学か?
米虫 正巳
デカルト哲学における「他者の不在」の意味
田中 龍山
古代懐疑主義における哲学と生活の関係について ―― セクストスのサインに関する見解を手掛かりとして
内藤 可夫
ニーチェにおける身体論
羽地 亮
ヴィトゲンシュタインにおける規準概念
平尾 昌宏
スピノザにおける比較の批判 ―― 神的本性の必然性とその帰結
松王 政浩
時間の二系列の関係をめぐるライプニッツ ―― 哲学のアプローチ
宮崎 宏志
デューイの認識論における想像力の位置づけ
柳 和徳
バナッハ・タルスキのパラドックスと点の存在論
吉本 浩和
コミュニケーションの実在論的可能性

課題研究/デカルト(生誕四〇〇年)

鈴木 泉
「デカルト」の存在論についての覚書
宗像 恵
デカルトからヒュームへ ―― ヨーロッパ精神史の一局面
望月 太郎
フランス哲学における人間学の形成と自己知の変容 ―― デカルト, ルラルジュ・ド・リニャック, メーヌ・ド・ビラン

第4号 (1996年)

論文

有福 考岳
哲学と道徳と宗教の関係
大峯 顯
西田哲学と詩
折橋 康雄
ディルタイ解釈学における個体性と普遍性 ―― 中期の類型概念をめぐって
梶谷 真司
ヘルマン・シュミッツにおける投入論批判とその克服の方途
斉藤 和也
アリストテレスにおける友愛と自知
四日谷 敬子
「定立」としての存在と性起 ―― カントの存在に関するテーゼとハイデガー
高橋 靖
ベルクソンにおける決心と身体的行動
藤本 温
志向的存在と自然的存在 ―― トマス・アクィナスの知覚論
松本 啓二朗
歴史と根源的思惟 ―― 後期ハイデガーの歴史の問題
美頭 千不美
デカルトにおける心身関係論 ―― その諸相と位置づけをめぐって
山下 和也
『純粋理性批判』におけるカントの自我論の構造

課題研究/大学における哲学の存在理由

伊藤 邦武
哲学の多元化
小林 道夫
哲学の再構築の必要性
小林 道憲
哲学とは何か
鷲田 清一
哲学の場所

第3号 (1995年)

論文

内井 惣七
確率革命, または確率概念の科学への浸透
山田 弘明
真理の明証説 ―― 明晰判明という基準をめぐって
石田 あゆみ
実践哲学の限界としての承認 ―― ヘーゲルの1805/06年の精神哲学
伊藤 淑子
ベルクソンの想像力論
加國 尚志
後期メルロ=ポンティにおける<大地>概念の解釈
久保 徹
プラトン『饗宴』におけるエロースの上昇
倉本 香
カントの「目的の国」の実践的意義 ―― 経験の低地との関連において
佐々木 亘
自由と傾き ―― トマス・アクィナスにおける “ liber ” の意味についての一考察
渋谷 克美
オッカムにおける, 自己の認識活動へと立ち返る直知認識
竹島 尚仁
根拠と存在 ―― ヘーゲル『論理学』本質論における存在概念
橋本 武志
中期ハイデガーにおける歴史 ―― 「対話」の観点から
鮒村 忠志
ヘーゲルの『精神現象学』における思弁的論理の成立
松田 毅
ライプニッツの自然言語論

課題研究/理性

金山 弥平
理性と古代懐疑主義
中岡 成文
理性の発明
宗像 恵
理性と経験 ―― 啓蒙期フランス思想を中心とする検討

第2号 (1994年)

論文

加茂 直樹
社会哲学の特質
石井 基博
ヘーゲルの『法哲学』における人倫概念の生成
岩本 光悦
「啓示宗教」と「絶対知」
大西 光弘
なぜこの世界は最善の世界なのか ―― ライプニッツの最善観の物理的根拠
坂下 浩司
真としての存在 ―― アリストテレス『形而上学』Θ巻10章
坂本 知宏
ソクラテスとカリクレス ―― エレンコスと「恥」
白旗 優
線型論理と集合論的パラドックス
副島 猛
状況意味論とその批判 ―― 命題的態度の意味論をめぐって
高橋 好美
フッサールにおける「ヒュレー」概念の発展史的考察
田中 一馬
キェルケゴールによる神の存在証明批判について
福井 雅美
カント第一批判弁証論付録と第三批判 ―― 自然の体系的統一をめぐって
本田 敏雄
フィヒテにおける事行の根源性と知識学の叙述について ―― 1794年の『全知識学の基礎』から1801/02年の『知識学の叙述』へ
山脇 雅夫
ヘーゲル論理学における科学的知識の成立 ―― 神の存在論的証明の一側面

課題研究/経験論の再検討

冨田 恭彦
経験論の再検討 ―― その自然主義的枠組をめぐって
木岡 伸夫
「根本的経験論」と習慣の問題
眞方 忠道
もう一つの知

第1号 (1993年)

論文

里見 軍之
生と学と ―― フッサールのディルタイ批判
丸山 高司
表現性
木下 昌巳
エロスと美と善 ―― プラトン『饗宴』のエロス論
上枝 美典
存在と本質の実在的区分について ―― トマス・アクィナスの『有と本質』第四章を中心に
松井 吉康
エックハルトの「神の誕生」を巡って
霜田 求
理性と総体性 ―― ヘーゲル人倫思想の批判的考察
樋口 善郎
ヘーゲルの言語理解について
杉山 直樹
未来を思考すること ―― ベルクソンの自由論から
伊藤 均
フッサール現象学における習性と身体の問題について
布施 伸生
フッサールにおける他者理解の問題
山本 與志隆
ハイデガーによる形而上学の超克の試みとその可能性について
佐藤 義之
「顔」に基づく倫理学の可能性
芦田 利恵子
信念文の意味論的分析

課題研究/心

常俊 宗三郎 [143-151頁]
「心」
中畑 正志 [152-165頁]
心を理解するとはいかなることか